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書き記し~青と共に

不思議体験?妄想?そしてスピなる書き記し?ごらんあれ

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生き続けるということ

まだ梅雨が明けず
ジメジメしております。

コロナが流行り
今まで元気だった人が感染して入院したり
急に亡くなったり
後遺症で苦しんだり

三浦春馬さんのように
ご自分で命を絶たれたり

ALSの女性の方が嘱託殺人を依頼したり

4年前「障がい者は不幸のもと」という勝手な犯人の思い込みにより起こった
相模原市障碍者施設での殺傷事件

親に放置され虐待されている子供たち

闇の世界は
私たちの身近で
ジワジワと広がり
暗澹とした空気を感じ
何なんだろうっと思います。
考えされられます。

私たちは
その世界の狭間で生かされています。
もはや
いつ誰が
その暗闇に入ってしまうのかは分かりません。

お釈迦様が座ってらっしゃる蓮の花
大輪の美しい花
でもその下は泥水です。

あの大きな美しい蓮の花
実は、ドロドロの泥を含む汚れた水が必要で
逆に、綺麗な水では、そこまでの花は咲かないそうです。

私たちのいる世界は泥水で
それを吸い上げて成長し
その大輪の花は
私たちの魂の行きつくところなのでしょうか

下にいけば
何重にもたまった底なしの汚泥

そこで生きて行く私たちは
自分の存在を確認し
その環境の中で
自分を生かし成長させる

生き続けるということは
ある意味
辛いことであります。

勝手な解釈ですが
人びとの罪をご自分で背負って
キリストが十字架に張り付けられました。

その十字の上に立っていると書いて「立」+「十」で「辛」いという漢字になります。
共に数々の困難を経験するという意味なのでしょうか

でも
その「辛・辛い(つらい)」の漢字に「十」を足せば

「十」+「立つ」+「十」
「幸い(さいわい)」となります。

「十」は十字架・・・人びとの罪を背負ったと言われるキリストさまつまり神さま
あるいは人として生まれ神仏になられた聖人たちや先人たちを表し
そして

「立」は、その教えを元に、上に立ち生きているのは私たち

また
その上におられるのは、もうひとつの「十」
偉大なる万能の神々様

ここで「幸い」という文字ができる

あと別に
漢字の成り立ちを検索してみれば「幸」
捕まり、手枷をかけられたのに、そこから逃げ出すことができた。だから「幸い」という漢字が出来上がり「しあわせ」を表すようになったそうです。(石井 克馬|新しい学びを広める塾長 より抜粋)

人びとは大なり小なり
泥水を飲みながら生きて行っております。

それでも
流す涙は透明です。
「辛い(つらい)」は「不幸」ではありません。
「困難で大変な事なのです」
立つことができない状態ですが
上下に
貴方様を支え見守ってくださる神仏や先人の方々が沢山おられます。

なので
私もあなたも
共に生きていきましょう

最後までお読みくださりありがとうございますm(__)m
貴方様のご多幸をお祈り申し上げますm(__)m




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シュタイナー

梅雨の合間に、天気が晴れとなり
ツレに
「遠藤周作文学館」に行きたいと、せがみ
二人でドライブ
サンセットロードを通ると海沿いの岬のてっぺんにそれはある。

開館した以来・・・何年ぶりだろう
それにしても
ここからの眺めは最高だ

遠藤周作
三角屋根はステンドグラス
IMG_0750.jpg

中の展示室をゆっくりと鑑賞する
その中にいくつか遠藤周作氏の言葉や作品の文章ををパネルで展示している
残念ながら写真撮影ができないので
スマホでメモをとる

「ここに老いてこそ遊べ」から抜粋
ルドルフシュタイナーという思想家が人生を三つの時期に分けた。
若いころは肉体の時期である。
なぜなら彼らの生活の支柱は心や霊というより肉体だからだ。
熟年期・壮年期は心の時期である。
社会生活では心(知恵・知識)が、その生活のバネとなるからだ。
そして老年は次の霊的世界に入るための準備段階として肉体や心は衰えるが霊的なもの・精神的なものに全てが集中していくと言っている。
私はこの考えに同感である。


これを読んだとき
私もこの考えに同感であると遠藤周作氏と同じことをつぶやいた(笑)

私は来年60才いわゆる還暦を迎える
子どもたちも家をでて自立している
まだまだ子供なのだが・・・心配は多々あるが・・・
それでも
人生の一区切りついたような気がする

さて
60才は生まれ変わりの年でもある

霊能の爺ちゃんから
60才前に良いことがあるよと言われた

良いこと
良いこと
今年に入り
予期せぬことが沢山
どちらかと言えば不幸?アクシデント・・・
なんでこうなるのだろう
と泣いた日々も多々あり・・・
それでも
考え方を変えると100%不幸でもない
未だ問題は解決せず
悶々と暮らしているわけで

でも
不幸の中に
普通という幸せの重さを感じている。
ふつう、というものが
どれだけ大事なのか
有難さが身に染みている。
これは
爺ちゃんの言う
良いことなのだろうか
そう思うと
悪くない人生かもと思う

で、シュタイナーさんの霊的世界に入る準備段階だという説は
死ぬ前の準備と単純に思う訳でなく
今までの人生を振り返り
人として生を受け生かさせていただいた全ての物に感謝をし
そこで自分に何ができるか
最後の悪あがき?
人として
どう生きてやるか・・・なんて勝手に思っているわけです。

ある意味
リセットして生まれ変わらなきゃね
それは自分以外の人にどう接するか
肉体も心も衰えていき不完全状態だけれども
あと鍛え磨くのは・・・残るは精神
いわゆる
内在神(心)

あの世に行ったときに
神仏様をはじめご先祖様
好きだった人たちに
褒めてもらうような余生を過ごさなきゃなぁなんて思う
それが何なのか

今のところ
うっすらと・・・少しだけ
したい事が見つかっている

話は変わるけど
シュタイナーさんと言えば「シュタイナー音階」も有名
私のライアーの音階はシュタイナーさんの音階に合わせています。
赤ちゃんが母親のお腹にいる時に聞いていた音だとも言われています。
この音階は、どの音と組み合わせても狂いがなく優しい音です。
そして何より、人を癒す力があります。
やりたい事のひとつにライアーも関係しています。

改めて
シュタイナーさんの言葉

老年は霊的世界・精神的なものに全てが集中していく時期

それはスピリチュアルの根源でもあります。

具体的な動きも考えも
自然に動いていけば
導かれるのではないかと思います。

そして今回、遠藤周作氏文学館のテーマが
「人生には無駄なことは、ひとつもない」でした。

それに気づけば
残りの人生、生きやすくなるような気がします。

最後までお読みいただきありがとうございますm(__)m
貴方様のご多幸をお祈り申し上げますm(__)m





君、死にたもうことなかれ

昨日、衝撃的なニュースが・・・
俳優の三浦春馬さんが自分で命を絶ったというニュース
若い命が絶たれるのは
悲しい
同世代の息子を持つ親として
ご身内の心情を思うと胸を引き裂かれるほどの苦痛であります。

花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき
とは林芙美子さんの有名な言葉です。

人生は苦しいことばかりがあります。
その中で
多くの人や言葉や歌や姿に助けられ
ほんの少しの幸せに人は救われながら生きている

「死にたい」と
人は生きている間に数回か頭をよぎることがある。

私の場合
「死にたい」とつぶやいている間は、まだ救いを求めていた状態

それさえも言葉にしなくなった時が一番危ない
言葉に出さなくなったときは
すでに死の準備を始めている時である。

心の中は暗闇
もう何も見えない

そこに一筋のなんらかの光を感じるとこが出来れば
死は回避できるのだが・・・

私の場合は
自分を殺すために産まれてきたのではないという言葉に引き留められ
とりあえず
もう少し生きてみようと思い
それから人生が変わって
今に至ります

だからといって
自死を選んだ人を非難する気もない
暗闇の苦しみの底なし沼から出られなかったと思うと
残念で・・・残念で、とても悲しい

もうひとつ悲劇は続き
自死を選んだ人を愛した人たちは・・残された人たちは
生きている間、愛すべき人を助けられなかったことを後悔し新たな苦しみを生み出す。

22歳の時に兄が事故で無くなった時
私は何故
私でなく兄が死んだのか納得できなかった
どうみても当時は
私の方が必要とされていない存在だったから
神も仏もないと
一年間は無気力になり 泣いてばかりいた

昨年は仲の良い
友人が二人病気で亡くなった
1人は肺がんと脳腫瘍で5年の闘病で
1人は慢性の病気を抱えながら夢の仕事と向き合い突然倒れて亡くなった

骨折入院中は多くの癌と闘っておられる人たちと話をした

命って何だろうっと思う
人は寿命というものがあると教えて貰ったことがある。
向こうの世界から
輪廻転生して
いつ生まれるのか、どう生きて、いつ亡くなるのかは知らされない

自分で自分の命を消すことは寿命とは関係ないのか・・あるのか
どっちなんだろう

友人が無くなった時
衝撃と悲しみが襲った。

彼女らの人生は終わると同時に
彼女らの時も止まったまま

回りの人たちは何も変わらず
相変わらずの日常に戻っていく
あるはずの日常も
途中の仕事も
そこに存在していたのに
彼女らが居ないというだけで
軌道修正して回りは再び動き出す
当たり前のことが
確かに彼女らは存在していたのに
何事もなかったように動き出す現実の世界が
未だに不思議でならない

そう思いつつ
私自身も
あんなに泣いたのに
彼女らが居ないと理解しつつ
お腹も減り、仕事もこなしていく・・・通常に戻っている

「生きる」という「生き続ける~ing」現在進行形

でも借り物の身体が無くなっただけで
亡くなった人たちの「魂」は永遠に生き続ける
思いは通じる

「自死」について
霊能の師に昔聞いたことがある
神さまは自分で自分の命を絶つのをどう思われるのか?
宗教によっては「大罪」とも言われるが?

その答えを一語一句は覚えていないが
一概に全ての「自死」を「罪」と言い切れないこともあり
「過ち」として認識している
そこまでに至った魂の悲しさや苦しさを思う時、神々様はそれを自分の事のように悲しんでおられると・・・

花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき

それでも
与謝野晶子の詩の如く
「君、死にたまうことなかれ」

生きて行きましょう
光は傍に届いています

三浦春馬さんのご冥福をお祈りいたします

最後までお読みいただきありがとうございますm(__)m
貴方様のご多幸をお祈り申し上げますm(__)m

地球温暖化とウイルスと人間

今日は動物病院へ猫の三種混合の注射に行ってきました。
病院の張り紙に
「野鳥のヒナを拾わないで」というのがありました。
ヒナを動物病院へ持ち込む方が多いのだそうです。

最初は鳥インフルエンザ?と思いましたが、鳥から人間にうつることはないようで
それか、人間の臭いがつくと親鳥が育児放棄する?というのもデマのようで
巣立ちヒナは上手に飛べなかったり休憩していたりと・・傍で親鳥が見守っているのが本当だそうです。

鳥や豚・牛
人間は動物と共存して生きてます。
現在はそれが
ウイルスという得体の知れないものに脅かされております。

東京では新型コロナウイルス感染が200人超えの状態です。
いったいどうなるのでしょうか?
ウイルスは20年万前より人類とともに平和共存してきました。

近年はエイズ・エボラ出血など
新たなウイルスが次から次へと人間を襲っております。
「ウイルス」という語源はラテン語の「毒」からきております。

残念ながら過去に発見されたウイルスは数多くあり
コロナも研究者が今現在も必死に薬の開発をしておりますが

今まで人類が完全根絶したウイルスは二つだけ
天然痘(1980年WHO根絶宣言)と牛疫(2011年FAO/OIE根絶宣言)だけです。
科学の発達と研究者の努力によるものですが
新型ウイルスと名のつくものがどれだけあるか・・
インフルエンザさえも根絶されていません。

インフルエンザはカモ(鳥類)のウイルスです。
コロナウイルスはコウモリ(哺乳類)のウイルス・・・約一万年くらいコウモリと共存してきたと言われています。
インフルエンザのRNA(リボ核酸)は鎖のようなもので・・それは15000個
それに比べてコロナウイルスは30000個といわれています。しかも変異していくウイルスと言われ、厄介なものです。
また生物の細胞に侵入して他の生物に増殖する、いわゆるパラサイト・・・しかも忍者のように細胞分裂をして姿を消し、子ウイルスが増殖して他の人間の細胞に侵入するという寄生生命体と言われています。
そういう意味で
この何か月で驚異的な感染力で世界中に広まりまっており治癒薬は今だにありません。

ウイルスは熱や紫外線・薬品に弱いので
そういう意味で感染を防ぐ前に
アルコール消毒などは効き目があるのでしょう。

人間が発達していくうえで
地球上の生命体に変化が起こっております。
動物に影響が出始めるころには人間は気づきません。
気づいたときにはすでに新型として猛威を振るい人間を襲っております。

あらゆる生命体にゆがみが生じているのです。
毎年荒れ狂い災害をもたらす異常気象
これも地球温暖が根源と言われています。
地球の周りをまわる人工衛星
その衛星の周りには衛星ごみが人工衛星より多く地球を覆っています。
地球温暖により地球の大気が破壊され小さな穴が開いたとき
この残骸が地球に落ちてきて
破壊兵器となり
何かの予言で空からたくさんの光が降ってきて地球が滅びるというように
未来は予測されつつあります。

またシベリアの永久凍土や南極・北極の氷が解けることにより
古代のウイルスが蘇り現在人に新たな病気を引き起こす可能性がないとも言えません。
コロナ・・・今起こっている新型ウイルスが世界を覆いつくしているのは
世も末の序章にすぎないのかもしれません。

コロナで毎日同じニュースが流れております。

私たちがすることは何なのでしょうか
マスクをしたり消毒したりすることも大事です。

もう少し
私にはうまく言えませんが・・・
何か真剣に考えなければならないだろうと思います。

7月からは地球温暖化防止に向けてレジ袋が有料となりました。
私たちが出来ることを考えて
みんなが一人一人行動しなければいけませんね。
地球に
日本に
わが街に
私たち家族に
私に
私の愛する人たちに
被害が襲い掛かることのないように
共に考えて行きましょう。
そして
被害がでたらみんなで協力してできることをしていきましょう。

アリストテレスの予言
生物界と無生物界の境界は、ますます薄くなっている

ウイルスの説明部分についてはNHK「こころの時代」ウイルス学者・東大名誉教授の山内一也氏の語られたことを抜粋して記載しておりますm(__)m

最後までお読みいただきありがとうございますm(__)m
あなた様のご多幸をお祈り申し上げますm(__)m




災害

熊本県の球磨川の氾濫により地元住民の皆様に多大なる被害が起こっており
それは今日現在の大雨により
さらなる被害が出ないことを心配しています。
どうぞこれ以上の被害が出ませんように祈ります。

毎年毎年
日本のどこかの地域で風災害の被害が起こります。
今年はコロナもあり
二重三重の苦しみが波のように覆いかぶさっております。

災害・疫病・・・
自然災害に関して
人間はほとんど無力です。
防災や被害に合わない準備はできても全てを守ることは不可能です

そして
それは突然起きてしまうという恐怖

長崎大水害の時、私は就職試験を受けるために長崎に来ていました。
朝、家を出た時は 晴れていました。
長崎に着くと
天が敗れたのではないかと言うくらい
すごい大雨で
傘を持っていなかった私は電車にも乗れず(電車も帰る人で満杯)
タクシーをと思いましたが長蛇の列

姉のところに着いたときは
全身びしょ濡れで
兄は家族が心配で早めに帰宅しましたが
その時はすでに川が氾濫し腰まで水に浸かって命からがら
もう道と川の境目がないという兄に
大げさだよ~そんなことがあるわけないと信じていませんでしたが

ずっと雨は止まらず
高台にあった姉の家は浸水はしなかったものの
停電になり、兄は夜中も一時間おきに懐中電灯を持ち溝を見に行き
もし溝に泥が混じっていたら
上の方が崩れてくるサインだと・・・
眠れぬ夜と過ごしました。

当然、翌日の就職試験は延期
翌日の昼に 下の国道に降りて行ったとき
世界は変わってました。
一面泥水で道は覆われ 見る景色は茶色一色でした。
車が道路や川の中に あちこちに横転しており
見たこともない家の瓦礫や木が散乱して
今の熊本の状況と同じでした。

一晩で変わった景色を呆然と立ち尽くしました。
人間って自然の前では無力なんだということを知りました。

当たり前の日常は永遠に続くことはなく
さっきすれ違った人や自分自身も
五分後に生きているかもわからない

でも
未来予測に恐怖を覚えても仕方ない

私たちは
地球という星に生まれ
日本という島に育ち
ここで生活をしている。

地球の運命となりたち
日本の運命となりたち
この住まいの運命となりたち
私という運命となりたち
宿命と環境と偶発的なものとが合わさり
災害に合う
一瞬の時の違いさえも
生死を分けてしまう

どうにもならない

人間とは弱きもの

でも
人間は植物や動物と同じ
復活再生という能力を与えられています。

長崎に原子爆弾が落ちた時
百年は草木も生えないと言われていましたが
植物には芽が出て
人々は
想像できない悲しみに打ちひしがれながらも
立ち上がってきました。

島原の平成大噴火の時もそうです

古代より
人々は幾度の自然災害に見舞われ
多くの犠牲の上に
学び立ち上がってきました。

言葉でいうと・・・簡単に軽く励ますことはできますが
被害に合っていない人は
被災地・被災者の方々のためにできることを考え実行しなければいけません。
祈るだけでもいいのです。
自分にできることを共に考えていきましよう。

本当に心より
それぞれが命を守り 被害がこれ以上広がらず復旧し一日も早く平穏な日々が来ることを祈っております。

最後までお読みいただきありがとうございますm(__)m
あなた様のご多幸をお祈り申し上げますm(__)m



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木漏れ陽が好き

ひみのみこ

Author:ひみのみこ
勝手気ままに現実に起こった不思議なことを織り交ぜて書いております。
思いのままに受け取ってください。

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