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書き記し~青と共に

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遠藤周作氏著「神と私」を読んで part7 浦上崩れ

今日は「憲法記念日」でした。

少しずつ戦争のきな臭い匂い?がしてますが
戦争をしては絶対駄目です
安倍首相が「憲法」を2020年に?まで?には見直す(改正)と言っていますが
どんなふうになるのでしょうか?本当に日本人のためになるのでしょうか
世界平和維持のためになるのでしょうか

私には息子がいますが、この息子たちのいつか生まれるであろう子供・・・
私にとって将来の孫たちの時代はどうなるのでしょうか?

私の住んでいる長崎は原爆が落ちたところでもあります。
その原爆が落ちた中心地は「浦上」という町の名です。
長崎に越してきたころ、私も住んでました。

この「浦上」については遠藤周作氏著「神と私」の中にもでてきます。
浦上天主堂・原爆公園・平和公園
恥ずかしながら、「浦上」という地域に残酷な歴史があることは知りませんでした。

ウィキペディアより
江戸時代中期から明治時代初期にかけて4度にわたって発生したキリシタン弾圧事件である。「崩(れ)」とは、検挙事件のこと。
鎖国体制下、浦上の隠れキリシタンは秘密裏に組織を作って信仰を守り続けてきたが、江戸幕府および明治政府は合計4度にわたって検挙・弾圧を行った。
寛政2年(1790年)-浦上一番崩れ
天保13年(1842年)-浦上二番崩れ
安政3年(1856年)-浦上三番崩れ
慶応3年(1867年)-浦上四番崩れ(浦上教徒事件)
特に四番崩れでは事件の最中に明治維新が発生し、慶応4年(明治元年/1868年)の御前会議にて全住民の配流を決定したことが日本に駐在する外交団や特派員に知られて抗議を受けるとともに、欧米のキリスト教国の反感を買った。明治政府はその対応に苦慮し、明治4年(1871年)にはキリシタン禁制の高札の撤去と浦上のキリシタンの釈放と帰還を行い、250年近くにわたった日本のキリスト教禁止政策に終止符を打った。


遠藤氏の本によると
明治初期まで続いていたキリスト教弾圧、当時条約改正のために来日していたアメリカ大統領グランドにより、大いなる批判を受け、岩倉具視が日本国憲法に「宗教の自由」を入れたとされてます。

ここで驚いたのは「浦上」は村全体が一村総流罪となり、その数はなんと3394人に達したといいます。
さらに、新時代を築いた志士たちによる明治維新を成し遂げた明治政府。
「浦上4番崩れ」はこの明治政府によって断行されたのです。
幕末の志士たちは、それぞれに志をもって新世界を切り開いたのに、キリシタンの人たちを弾圧していたというのは、私的には、かなりショックな話です。
浦上4番崩れ…原爆で亡くなった永井博士、浦上4番崩れで生き残った信徒の話をもとに「乙女峠」という本の中に詳しく書かれています。

明治初期まで続いていた弾圧。
それもアメリカの批判により、投獄され拷問を受けていた「浦上」の信徒たちは、助けられたのです。
しかし、皮肉にも、そのアメリカから今度は「原子爆弾」を落とされて、「浦上」の場所を中心に長崎の多くの人たちが一瞬で命を落としました。

このことを「浦上5番崩れ」と称する人たちもいます。

⑫「神と私」~人間が人間を裁けるのか より抜粋
何千人という殺されたユダヤ人の子供たちが、自分を殺した大人を許すというのだろうかと、ある神父に訊ねると、殺されたユダヤ人の多くの子供たちが「神さま、あの大人の人たちを許してあげてください」というのがキリスト教です」と答えた。
私は、その言葉を聞いたとき感動しました。
しかし、ヒトラーやアウシュヴィッツの殺人者たちが救われるのは、あんまりだと言う激しい怒りも私にはあり、その神父の言葉を心の底から、うなずけるには至っていません


私も遠藤氏と同感です。
それがキリスト教なのか・・・

私の思う「神道」も同じなのかな・・・

「宗教の自由」という憲法ができた日。

弾圧で拷問され犠牲になられた方々、歴史の渦に巻き込まれた苛酷に生きた人々の血と汗と涙でできた「宗教の自由」という一文。
深いです。
どうぞ一緒に考えてくださいませm(__)m
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