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岩戸三社物語~命をつなぐ女神たち ⑰総集編 

岩戸三社物語の4柱の女神様たちは、「命の源」であり「繋がり」の源です。
そして、その もう一つ大事なものとは・・・それは・・・

「太陽」と「月」
どちらも地球には 無くてはならないものです。
どんな条件が揃ったとしても、「光」がないと何も産まれません
光があってこそ「命」は産まれ育まれるのです。
岩戸三社の女神様たちも この「太陽(天照大御神)と月(月読命)」の神々様と表裏一体となり守り守られているものと思います。

「光」というと
「赤岩神社」「岩下神社」の御祭神が祀られている「烏兎神社」は「⑬上宮編鳥甲山(烏兎山)とかごめかごめ」にも書いてますが、
「烏(う・からす)」は 「太陽神」の使い「八咫烏(ヤガタラス)」
「兎(と・うさぎ)」は 「月神」の使いの「うさぎ」と言われています。
「太陽」と「月」です。
この「烏兎神社」は、古くより地元の人たちからは「お天様」と呼ばれ、それは「摩利支天さま」と呼ばれております。
「摩利支天」さまは、太陽や月の光線つまり陽炎を神格化したものとあり、この神社の名前に「太陽」と「月」の意味が入っているというのは納得いきますね。
また戦いの神さまでもあります。武神として古えより、島原藩主をはじめ、その藩士たちにも崇敬されていたようで昭和20年頃までは武運の祈願はつづいていたものであるそうです。
そのうえで、鳥甲山の「赤岩神社」の御祭神(武甕槌命(たけみかつちのかみ)さま、経津主命(ふつぬしのみこと)さま)が、戦い・剣の神さまでもあるということから、大正の初めに「烏兎神社」に遷宮されたのも、そういう意味(ご縁)があることだったのでしょうか。

その摩利支天さまは「唐金(からかね)」のご身体で猪に乗って八本の手に各々弓や刀などをもっていて、外国から渡ってきた高貴な像だそうです。
まだお目にかかったことはありませんが 機会があれば拝顔したいです。

烏兎神社の鳥居(名前の所が亀の形です、何故兎ではなく亀?)
S__15917060.jpg

烏兎神社
S__15917059.jpg

「上宮」の女神様「埴安姫命(はにやすひめのみこと)」について不思議なことがあります。

明治時代に書かれた「長崎神社明細帳」によりますと、「赤岩神社」の御祭神は、武甕槌命(たけみかつちのかみ)さま、経津主命(ふつぬしのみこと)さまと大山祇命(おおやまつみのみこと)さまの3柱の神さまです。

ここには何故か「埴安姫命(はにやすひめのみこと)」さまのお名前は記載されていません。

何故「赤岩神社」の明細帳には記載されていないのでしょう?
何故、記載されていないのに「岩下神社」の明細帳には「赤岩神社」より遷宮と記帳されたのでしょうか?
何故でしょう?同じ鳥甲山で同じ神社の名前があったのでしょうか?ありえない。
それとも大昔、烏兎神社は女人禁制で「参籠」もできないなかったので、女神様を「烏兎神社」に遷されることに抵抗があり「岩下神社」へ遷したのでしょうか?それもありえないです。
この謎は、いつか烏兎神社の禰宜さまか関係者とお会いしたら、聞いてみたいと思います。

そしてもう一つ、長崎神社明細帳を見て分かったことが
それは岩戸三社「下宮」「中宮」「上宮」ともに、山の神(大山祇命)様が祀られております。
前にも言いました通り、山の神は伊弉諾(イザナギ)と伊邪那美(いざなみ)の子どもであり、岩永姫さまの父神となります。

もともとこの地は山岳信仰から始まっているので「山の神」さまを祀るのは自然なことです。
それは偶然でなく、必然で、当然ながら他の様々な神々様や観音様方のお姿も見え隠れして、別神でもあり表裏一体化された神々や、隠された神々と複雑怪奇であります。

古によりこの半島の各所の町や山の名前の由来も、さまざまな物語の歴史が含まれており、「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)」さまが天孫降臨された土地でもあるという言い伝えや、大国命(オオクニヌシノミコト)さまの魂が秘密裏に隠されている土地だとも言われ、それは単なる言い伝えなのか事実なのか・・・神のみぞ知るです。
しかしながら、この岩戸三社を囲む山々は、神々の天降る山、祖霊の宿る山であることは間違いないと思っております。

つづく

最後まで読んで頂きありがとうございますm(__)m
貴方様のご多幸をお祈り申し上げます
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