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書き記し~青と共に

不思議体験?妄想?そしてスピなる書き記し?ごらんあれ

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遠藤周作氏「神と私」を読んで part1

青葉がきらめく季節ですね~
明日から世間では「ゴールデンウィーク」突入
国民大移動ですね~

ちなみに私は、半分パートで半分は普段サボっている家の雑用処理。
主に段捨離に精を出しいと思っております。

それでは本題に戻り

遠藤周作氏の「神と私」~人生の真実を求めて
を読み、
遠藤周作氏の考えを知ることができ、
今まで 「沈黙」や自分の「宗教観」に疑問に思っていたのが
この本に、答えやヒントになるものが載っていることに感動しております。

まさに恐縮至極でございますが
「時節到来」という言葉がぴったりと今の自分に合うわけです。

「時節到来」とは仏教の言葉。
「人間に働いている仏の心を知るには時節を待たねばならない」という意味があります。

いろんな経験を通して、今だからこそ神仏に対する考えが、少しばかり理解できるようになったのかなと
(実際はまだまだですが(笑))
若い時に、この本を読んでいても
多分、今ほど理解はできなかったと思います。

この本を読んで遠藤氏の言葉で心に残ったものが、いくつかあります。
その中から 言葉を選ばせていただき
これから
しばらくの間
ブログに載せたいと思っております。

では早速

①「神と私」より抜粋
「キリスト教徒でない人は、予言者-未来のことを予言するものと誤解するようですけど予言ではなく預言であって
預言-とは神の言葉を預かり人々に伝える者の事です


この言葉は深いです
世の中で 少しでも霊能力があると言われる方々
人様に神仏の声、霊の声と称して言葉を渡される方
この言葉の重みが深く分かるはずです。

②「神と私」より抜粋
「善魔」-これらの善や愛が、相手にとっては非常に重荷。自己満足している自分の事。自分が神から選ばれた人間であるゆえに、神を知らぬ人々をひそかに裁き、軽蔑するという気持ちだ。
自分を正しい心の立派な人間と思い他人の過ちや罪を蔑むこと
キリストは もっともこれを嫌い悲しんだ


霊能者は あくまでも 神仏の言葉を伝える者であります。
人は神仏ではない。
あくまでも神の使いであり、偉くもなんともない。

私の先生 神道の道を究められる方々は
霊能者の事を、神々様よりのお言葉は「その者に課せられるお役目」だと言います。
選ばれし者とか、どうかと言う前に
「役目」を果たす者であるというだけ
その前に人としての修行の方が大事だと言われます

「善魔」
どの宗教にも霊能者にも通じる落とし穴です。

③「神と私」より抜粋
自分は正しいと思い込む落とし穴
宗教の中に入り、一番引っかかりやすいのが、この優越感であると考える
「心より 心を得んと 心得て 心に迷ふ心なり」 一遍作
人が良いことをするとき-慢心-心をおごらせる。修行すればするほど泥沼の深みに入る。
「善」「正」「修行」→律しきれない矛盾があるのだ。
戒律を守ろうと身を慎めば慎むほど逆に律義に捉われ、振り回されて自信を失う。


心に突き刺さります(。>ω<。)ノ
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