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書き記し~青と共に

不思議体験?妄想?そしてスピなる書き記し?ごらんあれ

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遠藤周作氏著「神と私」を読んで part2

霊能力者になりたい。
人は・・・誰しも一度は思ったことがあるのではないでしょうか?
神々の声が聞こえ、その人の過去や未来を預言でき、
的確なアドバイスを伝える。

「書き記し」を書き始めたころ
先生により霊能を開いてもらった(先生は自分で開いたと言っていますが・・・)
その時、凄い音と風が吹き、神々の使いがやってきて
この世のものとは思われない光の中へ導かれ
神々の歓迎を受け、涙する私

霊能が開くっという瞬間は・・・
そんなことを想像してました。

しかしながら現実は
先生と神々との〇〇ののち、
「はい、筆を取り、何か書きたくなったら書いてください」
そう言われて
私は、その時に初めて先生の前で筆を取り
スラスラと神さまからのメッセージを書いた

正直、光も見えないし体が震えることもなかった
書けと言われても・・・正直困ってしまいました。
これが現実。
しかしながら私は躊躇しながらも筆を取った。
文字が頭に出てくる
和紙に筆を降ろした瞬間、神々様からのメッセージをスラスラと書いた
その文字は・・・私の右手は 私の意識意外の何者かが
書かせていた
その実感だけはあった。
瞬時にスラスラと出鱈目な文章をかけるはずも脳みそもない。
書いたという事実だけが残った。

遠藤周作氏著「神と私」より ~神は存在ではなく働きである~より

④「神と私」より抜粋
誰にも自分の人生が突如として変わるキッカケも、その時期もわかるはずがない
神のひそかな意志が どのように働くのか人間の眼には見えぬからである。


あれから一年。
「書き記し」「神筆」
先生からは「無理に書くことではないし、書こうとしなくても書かざるをえなくなる時が必ず来るから・・・その時が神々のお役目の印・・・」
最近では、キーワードの文字が頭を駆け巡り、離れず気になった時だけ筆を動かしている。

誰に向けてのメッセージをなのか
それは本当に神々様からの声なのか
これは預言の言葉なのか
正直今でもわかりません。
本当に今でも・・・
でも降りてきた言葉は書かせていただいてます。

⑤「神と私」より抜粋
迷いがあるから信仰である
フランスのキリスト教作家ベルナノスが言ってます。
キリスト教の信者になったものは信仰の確信をもっているという誤解があります。
「信仰」というのは99パーセントの疑いと1パーセントの希望だ


「信じる」という怖さと「信じない」という怖さ
両方を持ちつつも
この道を進もうと決意しております。
そこには1パーセントの希望という言葉
これは 
私にとって、魂の奥の泉を垣間見たような気がしました。
「疑う」ということは、非な事ではなく、ひとつひとつ正直に事実を確認し受け入れることではないでしょうか

⑥「神と私」より抜粋
君は神様を問題にしてないかもしれないけど神様は君を問題にしているのだ
問題にしている以上、形をかえて神様は、いろんなことをやってくださっている。


いつかのテレビ番組で、ノートルダム清心女子大学教授の山根氏が言われました。
(遠藤文学の研究者で遠藤さんと親交を深め会社解釈の深さで信頼を寄せられた方)

遠藤氏は12歳の時に、母の信仰するキリスト教の洗礼を受けている。
この頃から「合わない洋服」を着せられてる感覚をずっと持っていたようです、
もちろんカトリック信者として徹底し突き詰めていこうとしてフランスへ留学したが、キリスト教徒の距離感は近づくどころか遠くなり、違和感を感じて帰国しています。
そこでそれを自分の肌に、身の丈に合ったピッタリのサイズに合うものにするために自分で仕立て上げることをしないといけないと思われたようです。
帰国後、信仰への違和感を埋めようと執筆に力を入れ、キリスト教を追究していきました。
そして長い時間をかけて・・・「沈黙」という本を書いたと言われます。

私と遠藤氏を比べるのは、失礼に当たるのですが
遠藤氏も迷い、模索してるのだと思うと少し親近感を覚えております。
真剣に考えてるからこそ、言葉が重く
「信仰」している形は違えど・・・多くの学びに感謝いたします。
神は形を変え・・・こういうのも 
そのひとつかも知れませんね(笑)

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